沖縄・平和の集いと弁財天奉鎮祭♪

2012年6月23日沖縄の終戦記念日


福岡はまだまだ梅雨のしとしと雨であったが
沖縄初上陸、空港に着くとともに梅雨明け、夏の到来。

通天寺の三浦和尚「慰霊際で歌うのだから、行っておかなくてはね」の一言で
三人の禅僧トリオさんたちとともに、まずはひめゆりの塔へ。
ちょうどNODAさんも来るところで、白バイだらけであった。


慰霊の日ということもあり、ガマの前には焼香台が設けてある。
和尚さんたちとお焼香させて頂き、なんだか百人力みたいな気持ちでいられた私です。

和尚さんたちはすでに来たことがあるので、私ひとり、資料館へ。


もう。言葉になりません。
ひとりひとりのお顔とどういう死にざまだったのか?が書かれているポートレイトの前で
ぜんぶの方の瞳だけは確認しようと思った。

数日の戦闘で22万人の民間人が死ぬ?県民の4人に1人?

みなさん同じと思いますが悲しすぎて目があきません。
まぶたハレすぎの様。


昼食をとり、お寺にてサウンドチェックをして、ホテルで一休みさせて頂く。

ここは具志頭村(現・八重瀬町)といって、糸満のとなりあたりで
完全なる沖縄南部の超激戦地だった地域である。


ホテルの前には素晴らしく美しい南国の海だ。
ホテルの近くからは、向こう摩部仁の丘あたりも見える。

ひとりで海を見て居るうちに、涙が止まらなくなる。
約10年前の今日、まぶたをあれほどに腫らして沖縄から帰って来た父と
同化する。


そして通天寺さんへ。


散華の花弁

神仏習合のバックステージ♪

まずは弁財天さまの奉鎮祭♪

宮司さん達の祝詞があり
和尚たちのお経があり、そして「山中節」を奉納させていただく。
私が父の死後、7年間かけて巡礼して歌い続けてきた曲だ。


それから慰霊際へとうつり
また皆さんでお経をあげて、そして慰霊際のための
鎮魂歌ライブを行わせていただいた。


しかし、自分で詞を書いた曲をうたえない気持ちになり、急きょ削除した。
私のつまらない自我とか悲しみの歌など、なぐさめになるわけないじゃん!
・・と、気づかされてしまたんである。
前日までは泣いて歌えなかったらどうしよう!という気持ちもあったが
泣くことすらもおこがましい。
友人たちが作った「レクイエム」「ネガイ」を歌い
「てぃんさぐの花」はみなさんも一緒に歌ってくださった。


何千年も続いてきた、祝詞というウタ。
お経というウタ、に全くもってかなうはずない。


ウタは祈りなのだね。知っていたつもりだったけれど・・・・。


宮司さんも和尚さんも
宗教や宗派やなんやらを超えて、こうやってみんなで
共に祈る場所にしましょう、とおっしゃった。

通天寺、まさに天に通じるような時間に参加させていただき
ほんとうに善い時間をいただいた。


みどり拝