沖縄の終戦記念日

東京から週末に宇都宮へ仕事で通っていた頃、
亡き父と二人で呑んで語っていた数年があった。
ある年の今日6月23日、父は沖縄旅行にいっていてあと1週間は不在のはずであった。
私といえば、ご近所のK先生宅におよばれし宴会中♪
すると父から電話で「うちに着いた!」とのこと。
あれ?まだ石垣島あたりにいるはずじゃなかったの?


宴会に合流した父は、なぜか泣きはらした目をしており(初めて見た)
「今日は沖縄の終戦記念日でね。地元の人は当然、普通に過ごしいるのだが、
私はますますいたたまれない気持ちになって、帰ってきてしまったんだよ」とのことだった。


そう、6月23日は、沖縄の終戦記念日なのでありました。


定年後、世界中の仏跡や霊山や日本中も旅してたもんだが、
沖縄だけは、行けなかったのだそうで、ようやく初めて行った沖縄旅行だったのであった。


昭和4年福岡生まれの父は、先輩たちを特攻で見送り、
自分も特攻へ行く覚悟でいた年に終戦を迎えた世代である。
詳しい言葉は忘れたが、戦争の記憶や戦後、沖縄へどんな想いや顔で行ったらよいのか?
といったような罪悪感のような、そんな複雑な想いがあったのだということを言っていた。


その当時は、少ししか理解できなかったが、今はその想いを引き継いで
いきたいと思っている。


ところで今、その沖縄から
こちらのお寺の和尚さんの大親友で、とっても笑顔の素敵な三浦隆心和尚さんという方が、私の歌の寺子屋レッスンに通われている。
歴史的に沖縄には仏教は根付かなかったそうなのだが、
沖縄では初めての禅宗のお寺をつくってしまったそうな。


数か月前にyoutubeにアップした「ネガイ」を聴き、レッスンをうけたいとやってきたんであります。
http://www.youtube.com/user/officekogetsu

その「ネガイ」の作詞者のminoさんは、本当に急なことでしたが、
先日、白血病と闘いぬいて、そして、光の中に召されました。


毎年、そのお寺では、沖縄の終戦記念日の慰霊祭をやっているとのことで、
前記の父との一連の思い出があり、これは何かの縁!私も是非歌いに行きたい!と鼻息
荒くしていたのだが、ある治療中で無理をしないとスケジュールがたてられない。
そしてminoさんの死。
そんな中、ふと気付いた。


私がその「ネガイ」を歌いに行くことにこだわるよりもきっと、
和尚さんに歌って頂けるようにすることがだいじなのかも、と。
minoさんの生きたかった想いのつまった詩。
それぞれの生きたかった想い。


〜というわけで、和尚さんに「ネガイ」を託すことになったのでありました。


本日、沖縄・通天寺にて、
沖縄と震災で亡くなった方々への慰霊祭です。


私も共にご冥福をお祈りしたいと思います。


合掌